「轟くん、風呂は入れそうかい?」
「入る」
可否を訊ねる問いに意思を答える言葉が返り、思わず笑った。念には念をの気構えで相手の様子をもう一度うかがったが、痛みを隠している気配はなく、血色も普段通りだ。夕飯もいつもの量をいつもの速さでぺろりと平らげていた。
「じゃあお湯を張るから、そのあいだにギプスカバーを付けよう」
「おう」
打撲や骨折に類する受傷の急性期治療においては、一に安静、二に冷却が鉄則だ。通常であれば入浴は御法度と言えるのだが、双方三代にわたる飯田家馴染みの医院であり、転居以来轟も世話になっているかかりつけ医からは、「痛みや発熱等の症状がなければ当人の判断で入浴可」と飯田同席のもと言い渡されていた。シャワーより湯舟派の患者への特別待遇を賜ったわけではなく、轟の体質を考慮しての診断であった。
氷炎として目に見える随意の温度操作の裏で、轟の体内では常に熱が循環し、正負の均衡を保って我が身を守る器官活動がなされている。生来の能として自然に行われている働きは、時に別口の効果をもたらすことがあり、炎症反応の自動抑制もその例のひとつだ。事細かに原理を述べればそれだけで医学書の一章が埋まってしまうことだろうが、平たく言えば強化版の
恒常性維持機能で、周囲の熱変化に影響されずに、適正な器官温度を自力で高度に維持できるという特性らしい。打撲で痛々しく腫れている患部を保護せず、けろりとした顔で入浴しているのを寮の風呂場で見つけられ、ひと騒ぎとなったのが初耳の際のエピソードだ。
別に痛みが無くなるわけでも負傷がたちまち治るわけでもない、と轟はなんでもない顔で説明し、事実その通りではあったものの、風呂を我慢しないでいいというだけでも相当のメリットだ、と誰かが羨望の声で言うと、それはそうだと初めて気付いたらしき様子でしきりに頷いていた。エンジンの異常が入浴自粛に直結してしまいがちな飯田から見ても非常に羨ましい体質であったが、その恩恵に与かる姿を卒業から何年も過ぎた今なお身近に眺めていようとは、などと思うとおかしみの念も湧いてくる。
「お前も入るだろ?」
風呂の沸く時間を見計らって脱衣所へ移動し、ギプスの上から防水カバーを装着させていると、頭上から轟が念押しのように声をかけてきたので、笑ってああと頷いた。逐一に介助が必要な状態ではないとは言え、片脚が不自由な人間をひとりで入浴させるのは少々不安である。まあたとえそうした事情がなくとも、〝デート〟を理由に望まれれば、やはり迷わず応じていただろう。共寝に混浴とまで来ると、デートの域をいささかばかり過ぎ越してしまっているような気がしないでもないが。
戸を開くと同時に鳴った湯張り完了のメロディを聞きながら、片脚をかばう轟の肩を支えて風呂場へ入り、すぐに椅子に座らせる。その後ろに立ちつつ無言でシャワーヘッドを取ると、「腕は怪我してねぇぞ」とこちらを見仰ぐ頭が横へ傾いだ。
「俺にやらせてくれないのかい?」
「やってくれ」
しらりと落とした問いへ輪をかけてあっさり答えが返り、また何度目かの笑いが漏れる。こんな時に無用な遠慮をしないのが轟の良いところだ。お前にしてもらえるのが嬉しい、と素直に教えてくれれば、こちらも気兼ねなく世話を焼き続けていられるというものである。
前へ向き戻って享受の姿勢となった轟の頭を濡らし、シャンプーを泡立ててわしわしと洗う。学生時代に比べてだいぶん短くなった髪を念入りに濯ぐ手間はなく、比重としてはほとんど頭皮のマッサージだ。初めのうちは力加減を誤って強い痛いと言われもしたが、近ごろでは風呂の外でも時おりねだられる、轟の気に入りの世話のひとつである。心地よさげに顎を上げ喉を反らせる様はどこか獣じみて愛らしく、ごろごろと音が鳴り出さないのがおかしいようにさえ思えるほどだ。
そのまま全身を洗い(背側を飯田が念入りに洗ったのち、ギプスもあるから前は自分でとタオルを渡すと何か言いたげな顔が浮かんだが、見て見ぬ振りをした)、泡を流して軽く髪を拭いてから、また隙を与えず手を貸してさっさと洗い場から風呂桶の中に移動させた。あれよという間に湯に漬け込まれた轟は数秒してから状況に気付いた様子で、既に自身の洗髪にかかっていた飯田へ口尖らせてぼやいた。
「……お前は俺が洗ってやりたかったのに」
予想通りの訴えに、また今度お願いするよと苦笑して応える。平時であればこちらも素直に受けるところだが、見えない位置に片脚立ちをさせて、滑って転ばれでもしてはたまらない。
ならば代わりにと言いたげな目で一挙一動を真横からじっと観察されることとなり、今さら恥ずかしがるものでもなし、とは思いながらも普段より早回しで身づくろいを終えて、恋人が待ち構える湯舟に踏み入った。飯田が立ち上がると同時に壁を背にした長座の姿勢が取られ、「ここに座れ」と無言のアピールをしてくる。
これで対称に向き合う位置に座ったらまた膨れられるだろうか、と仕様もない考えを一瞬浮かべつつ、佳人の幼びた拗ね顔を愛でるのは頭の中だけに留めて、要望通りその身に背を預ける姿勢で腰を下ろした。たちまち腕が前へ回ってきて、湯に劣らぬあたたかさで後ろからぎゅうと抱きしめられる。
「足は大丈夫かい」
「おう。平気だ」
肩越しに交わす声に無理は窺えない。縦にも横にも広々とした風呂なので、大柄な成人男性ふたり分の体積を収めるのはもちろん、おまけのギプスを付けていてもまだ幅に余裕があるようだ。賃貸でも大造りな設備付きの物件が容易に見つかる多様個性社会の恩恵と言える。備えあれば憂いなし、と胸を張りたいところだが、数年に及ぶ遠距離交際を経てのちの、待ちに待った初同棲とくれば、風呂の広さにこだわった真の理由など推して知るべしだ。
「あったけえ」
気持ちいいな、と言葉に違わぬ声音で呟きながら、そのやわさには少々そぐわぬリップ音が、ちゅ、ちゅ、と首へ肩へ注がれる。甘えかけられているような、喰われかかっているような、相反するのか同じものなのか判然としない、奇妙なそわつきと快さが肌へ沁み入ってくる。触れるごとにびくりと身を震えさせていたこともあったが、今はもうさすがに慣れたものだ。初めてされた時などはうっかり悲鳴じみた声を漏らしてしまい、慌てて振り返れば「俺今お前に何した?」とでも問いたげに目を丸くした轟がいて、こちらの台詞だぞとも言えずに間抜けに見つめ合った。思慕を告げ合う何か月も前のできごとだった。
轟が飯田の背への愛着を示すようになったのはまだ学生時分のことで、大戦終結後、ふた月ほど経った頃から兆候が表れ始めたと記憶している。
貧血を起こした学級委員の後輩を背負って保健室へ送り届けた場面を級友たちに目撃され、冷やかし混じりの賛辞を投げかけられたその日の夜、目撃者の一名であった轟が、やにわに背中に貼り付いてきた。共用スペースで数名と立ち話をしていた折であったため一時周囲がざわつき、数人がかりの問答を経て、自身の行動を関知していなさげな顔の当人から思惑を訊き出したところ、羨みの念から生じたもののようだと判明した。
『知らねぇやつにお前の背中が取られたみてえで、なんかもやもやした』
どうにかまとめた結論から、轟が飯田の背中を己のテリトリーのように捉えているという裏の事実が浮かび上がった。納得と困惑に取り巻かれる周囲へ、驚かせて悪い、とその場は頭を下げた轟であったが、事の整理が叶って逆に弾みが付いたのか、居心地が良いのなんのと言って、以降たびたび同じことをしてくるようになった。寮の外ではさすがに自重されていたものの、寮内ではむしろ日常茶飯事と化したと言っていい。初めこそぽかんとしていた仲間たちもすぐに慣れ、おんぶおばけだのひっつき虫だの大木とコアラだのと好きなように呼ばれた奇妙な姿の披露が、それから一年ほど続いた。
彼への慕情を自覚していた終わり際のひと月ばかりは、動揺を隠すのにたいそう苦労したものだったな、と笑いを噛みつつ当時を振り返る。このままではいけない、しかし彼の安寧に寄与できているのなら、と真剣に悩み始めた矢先に初の「首吸い付き事件」が発生し、翌日からぱたりと奇行が絶え、代わりに今も何かと昔語りのネタにされる両片恋同士のぎくしゃく期に突入して、飯田の背はまたしばしのあいだ空白地帯となった。
それからいくつかの喜劇と大団円の告白劇を経て新たな関係を結び、「インゲニウムの背中は皆のもんだけど、飯田天哉の背中は俺がもらったからな」と今や臆面もなく領有権を主張するに至った轟は、その権利を誇示するごとく、折ふし〝マーキング〟をしかけてくる。多少人目を気にしてくれるようにはなったが、指摘して初めて自身の挙措に気付いていることもあるので、自覚のほどは今日でも半々といったところらしい。
あの日あの戦場で、空征くために飯田の背に身を預けた経験が、執心にほど近い愛着の直接的なきっかけとなったのであろうことは、当人も推測混じりに認めている。またそのほかの、涼やかな見目に似合わない、とも感じさせるような轟の種々の言動について、彼の幼児期の生育環境や家族関係、情緒の成長過程などを持ち出し、あれやこれやとそれらしい理屈や説明を付けることも、おそらくできるのだろう。典型的な、とまで評する学者もいるかもしれない。
だがあまりにも早く直面した人生の大波を乗り越え、心身を縛める鎖を円満に断ち、忙しくも穏やかな暮らしを送る今、そうした通りいっぺんの説に照らして彼を語る意義はもはやどこにもなく、語りたい、語られたいとも思わない。最も近くでその言葉を聞き、最も多くその手指の相手となる自分がかけらも厭わしく思っていないのだから、何も問題はないのだ。彼が隣で曇りなく笑い、心から安らいでくれている事実がある。今はそれ以上の説明など何も要らない。
「……飯田?」
「ああ、すまない」
思考をよそへ向けていた気配が伝わったのか、問い調子に名を呼ばれたので、迷わず雑念を途中放棄した。俺も気持ちいいよ、と言葉で応じる代わりに、腹へ回された腕に手を重ね、そろりと撫でる。指先に込めた想いは誤りなく届いてくれたらしく、満足げな吐息が首すじをくすぐる。
「今日はありがとな、飯田」
次いで落ちたやわらかな声に、礼を言われるようなことじゃないぞ、と笑って返した。
「もし俺が怪我をしていたら君が同じようにしてくれていたに違いないし、こういったことはいつでもお互い様さ。それに、今朝は偉そうに君を諭したりしたが、自分自身も思い直すところがあったよ。最近は仕事のほうで身動きが取れない時間が続いていたから、代わりに休みはめいっぱい予定を入れて満喫せねば、なんて考えに凝り固まってしまっていた気がするんだ」
「そうかもな。休みじゃなきゃ行けねぇとこに行ったり、普段やらねぇことしたりしないと駄目だろとか思っちまってたかもしれねえ。別にそんなことねぇんだよな。今日もすげえ楽しかったし」
君が隣にいてくれたらどこで何をしても楽しい、と昼間語りかけた言葉に轟は目が覚めたような顔をしていたが、口にした飯田自身も、そうだその通りだと、他人から忠言を得たように納得を深めていた。十二分に理解していたはずのものごとも、せわしい日々に追われるなか、あっけなく手から取り落としてしまうことがある。そのたびにふたりであっと顔を見合わせて、慌てて道を駆け戻っては、せっせと拾い直している。
やれやれと苦笑いは漏れてしまうが、どうしようもない、とは思わない。それもまた愉快な日々だと言い切ることさえできるのは、愛するひとがそばにいて、共に並び走ってくれるからだ。
「離れて暮らしてた頃は、会うだけでも良かったもんな」
「うん。君の顔を見て、笑って、隣り合っていられるのが何より幸せだった」
「気付かねェうちに贅沢になってきてたんだな」
悪いことでもねえとは思うけど、と呟く轟へ、俺もそう思うよと即座に同意した。限られた時間で本能的な欲求を満たすことに終始していた、とも言える忍耐の時期を乗り越え、余暇があるからこその高望みができるようになったと思えば、掛け値なく喜ばしいことだ。
「また今日のような休みをあえて計画するのもいいかもしれないね」
「そうだな。あせる必要なんてねえんだし」
特別なことをして楽しむ時間も、特別なことをせずに楽しむ時間も、どちらが上でどちらが下などということはなく、両方あっていい。新たな理解を通わせて頷き合い、誓い代わりのキスをまた背に受ける。
「轟くん、こっちにも……」
「お」
首を後ろへひねらせながらねだった声は、思いのほか甘えた音で鳴り落ちた。一瞬の瞠目が笑みに変わり、すぐに望みの口付けが与えられる。一方的に背で遊ばれていたお返しにと、湯気に濡れた唇を犬のように舐めてやれば、身を預ける肩がおかしげに揺れ、笑い声がくつくつと浴室に響いた。
学生の頃は、それこそ周囲に称された「子グマを背負う親グマ」の気分が引き出され、庇護欲じみたものが湧いてきてしまう体勢であったのだが、関係の変化と轟の身体の成長を経た今では、その広い胸とたくましい腕に頼もしさを覚える一方で、高熱はらむ慾と執心をも直接に感じ、安らぎと喜びと興奮を同時に得るという、文字通りの背徳が混じり入る姿勢となっている。ベッドの上などでは正面から向き合いたい、触れ合いたいと思うが、風呂やソファの上のような狭所においてはやぶさかではない、時には非常に好ましい、とさえ感じていることは、相手にもとうの昔にばれているようだ。
多幸感に浸るままバードキスの応酬が続き、重ねた身のあいだで湯面が波立って、じゃれ合いを囃すように、ぱしゃり、ちゃぷり、と快い水音を奏でる。
好機と見たのかどうか、腹に回されていた手がするりと下へ降り、閉じ立てていた腿の間のきわまで忍び進んでこようとしたので、こらと叱る代わりに、大腿へ思い切り力を入れて阻止してやった。はは、と耳元に笑いがこぼれる。
「岩みてぇ」
「鍛錬の賜物だ。本気でやれば君の手だって潰せてしまえるかもしれないぞ」
「怖ェな」
ごめんごめんと言いつつ手が腹の上へ戻っていく。冗談半分、本気半分の茶番だろう。朝に病院へ行ったあとは、ほぼベッドの上で動かず過ごした一日だった。二時間ほど昼寝もした。体力は互いに有り余っていると言っていい。しかし一方はそれなりの怪我人で、何もせずのんびり過ごすだけの休みも悪くない、と認め合ったばかりだ。そこを曲げてと真剣に切り出すか、このまま穏やかに流してしまうか、轟自身も決め切っていないに違いない。
名残惜しく顔を正面へ戻し、また手を触れ合わせる。心を固めていないのは自分も同じだ。全ての逢瀬が特別でなくても良いのと同じく、のどかな逢瀬が最後までのどかでなければならない決まりなど、どこにもありはしないのだ。ひとりが動けないなら動けないで、熱を交わして愛し合う方法はいくらでも見つかる。
はてこうした考えは柔軟性の成長の賜物と思っていいのだろうか、と内心で苦笑しながら、少なくともこの場では却下だと方針を定める。いかに広くとも、負傷者を相手にあれこれすべき環境ではない。身体に良くないのはもちろんのこと、下手を打てば何かしらの道具の破壊は必至だ。離れて暮らしていた頃、独居用の狭い浴室での盛り上がりが過ぎて備品を壊してしまい、大家へ謝罪に出向いた折には、まさに穴があったら入りたい心地になったものだった。同じ轍を踏むわけにはいかない。
無意識に抱擁の腕を愛で撫でながら取り留めもなく考えていると、ちゅ、と急かすようなキスの音が、今度は背中ではなく耳先に贈られた。こうしたところにはまだ幼さを感じるななどと思いつつ、そろそろ上がろうか、と笑って切り返す。
「しっかりあたたまれたかい?」
「おう、さっぱりした。髪乾かしてくれるか?」
「もちろんやらせてもらうよ」
口付けの甘さで天秤の針が一方へ振れたかと思えば、軽い了承ひとつできらきらと輝く澄んだ瞳が、もう一方の皿に重りを載せる。まったく贅沢な悩みばかり増えて困ったものだ。
「なあ、飯田」
「なんだい?」
「いや、……どうしような」
「うん」
どうしようか、と応えると、双つ色の目がしぱしぱと瞬き、やがて同じ悩みがあることを察したようで、やわらかな弧の形を描いた。こうした話題のたび破廉恥なと小言していた時代もあったかもしれないが、肌のみならず心まで裸をさらし合って久しいので、照れだけを理由に隠し立てをする意味もますますなくなってきている。
ともあれ、まだ多少の時間の猶予はありそうだ。冷えないうちに身体を拭いて寝間着に着替え、愛するひとのうつくしい髪にドライヤーをかけながら、幸せなデートの幸せな終え方を、銘々ゆっくりと考えることにしよう。
end.